フランスの南方スペインの国境近くに、ルルド( Lourdes )と言う小さい村があります。
1844 年、この地に住むベルナデッド ヌビルという少女が、この村を流れる河のほとりにある岩屋のような場所で、聖母マリアとおぼしき若い女性の姿を目にし、そのお告げに従って、地面を掘ったところ、泉が湧き出したそうです。その水を飲んで多くの奇跡(病気が治った、と言うものがほとんどですが)が起こったようで、その後、この泉が一種の利権として利用されたりもしたようです。その後、 1862 年には、カトリック教会が、この出来事を公式に認めています。
この泉が‘ルルドの泉(マッサビエリの洞窟)'と呼ばれるものです。
‘ルルドの泉'が広く脚光を浴びるようになったのは、 1903 年、アレクシル・カレルに拠るところが大きいようです。彼は 1912 年にノーベル生理、医学賞を受賞している偉大な科学者ですが、まだ若きカレル医師は、難病が治ると言われるルルドの泉にえらく懐疑的(侮蔑の目を向けていたようで)であったので、その奇跡の鼻を明かそうとルルドを訪れるのですが、結核性腹膜炎の末期患者がこの水で奇跡的な回復を遂げるのを目の当たりにし、その患者を検分した上で、その事実に驚愕したそうです。
このような事例を書物(「ルルドへの旅」、「人間この未知なる物」等)にしていますが、これが後の大ブーム(?)に繋がったようです。
年に何百万にも及ぶ人が、この泉を求めてルルドを訪れ、カトリック教会の中ではとても大きな聖地になっています。
この水は、営利目的に利用することは禁じられています。
さて、そこでです。
現在サプリメントとして、有機ゲルマニウムが利用できるようになっているので、数多ゲルマニウム業者が存在します。そして、その多くが、‘奇跡の水、ルルドの泉'と銘打って販売促進しています。でも、ルルドの泉から湧く水をちゃんと検証したような業者はどこにも見当たりません。
では何故‘ルルドの泉'が有機ゲルマニウムなのでしょうか。
実は総てが、浅井一彦氏の著書「ゲルマニウムと私」の一節、‘ルルドの水'にあります。
浅井氏は、 Ge132 が、癌やその他難病に奇跡的に有効であった事が、あまりにルルドの水に酷似していると考え、実際にルルドの水を手に入れて、これを原子吸光器で分析した結果、ゲルマニウム含量が多い事を確認しています。また、日本国内にもこのような湧き水があるのではと考え、飲んで病気が治る等と言われている幾箇所かの水も調べてみると、同じようにゲルマニウム含量が多かったとの事です。これらの地層には黒鉱と呼ばれる鉱脈があり、やはりゲルマニウム含有を確認しています。この鉱石中の無機ゲルマニウムがどのようにして有機に変化していくのか、との下りが続き、奇跡の元をゲルマニウムに結論づけています。
話を‘ルルドの泉'に戻します。
この泉の水に期待をかける患者は、今も後を絶たないようですが、この泉の近くにある‘奇跡博物館'では多くの奇跡(難病が治った、折れた骨がくっついた等)が列挙されています。この奇跡をバチカン当局は、‘医学的に解明できない事象'と定義し、医学者などで構成される奇跡認定委員会が、厳格に奇跡を検証しているようです。この奇跡と認定された事象は 60 件を超えるようですが、この十年は 1 件もありません。しかも、奇跡と認定されたものの中には、現在の医学レベルで考えると、科学的に説明がつく事例も多いとの事です。まあ、このような事は、科学的進歩で致し方の無い事だとは思いますが。
ただ、カトリックでは、現在でも悪魔学者がいるようで、悪魔祓いの儀式も現に行われています。新約聖書には、悪魔の存在が書かれていますし、今だ信じられてもいるようです。
‘ルルドの泉'にみられる奇跡や、また、悪魔信仰は、信仰心の向上や信者獲得に寄与している事は事実でしょうから、バチカン当局にとっては、科学的、非科学的なものの取り扱いはかなり困難になってきているのではないでしょうか。
このような背景を考慮しながら、‘ルルドの泉'の水の卓効も、少し引いた冷静な見方は必要になってきます。
最後に、言いたかった事をひとつ。
有機ゲルマニウムの我が国での歴史は、かなり無残な部分が多くあります。それは、有機ゲルマニウムの持つその扱いにくいさにあるのですが、‘何にでも効く'事に乗じた販売業者のあまりの行儀の悪さが、昔も今も何ら変わっていないように思います。
私の子供が幼稚園児の頃、カトリックの幼稚園(たまたま私が卒業生である事と、家から通園しやすい理由だけですが)で習ったマリア様の歌(総てはマリア様が造った、マリア様が救ってくれる、の類ですが)をよく聞かされたのですが、全くカトリック教徒ではないので、‘海は広いな大きいな'ぐらいにしか聞いていなかったのですが、やはり園内にはマリア像があって、微笑みかけていました。
有機ゲルマニウムが、そのうち皆にもっと福音となる可能性があるとすれば、所謂悪質な製品や販売方法が、その足を引っ張ることになりかねません。
〈西川 浩〉
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