有機ゲルマニウムに魅せられて
 
11回 ゲルマニウム研究会発足 2006/4/19
 

★全国の研究機関が競って研究に着手

まずは、浅井博士の周辺から、そして、東京世田谷のゲルマニウムクリニックから、続々と有機ゲルマニウムの服用効果が明らかになっていくに伴って、医師や研究者の熱い視線がこの有機化合物に注がれるようになりました。

また、もともと、諸外国の研究報告によって、ゲルマニウムのガンの抑制を始めとするさまざまな効能が知らされていた訳ですから、有機ゲルマニウムの合成成功は、主要な大学や病院、研究機関は、それこそ、競って、有機ゲルマニウムの研究に着手したことは容易に想像出来ます

★武見太郎氏の先見性

“ケンカ太郎 ”の異名で有名な長く日本医師会会長の地位にあった武見太郎氏は、1930年代の理化学研究所勤務時代から海外の文献などから、いち早く、ゲルマニウムの人体への生理活性作用に着目しており、1950年代中頃には、浅井博士が後々まで有機ゲルマニウム化合物合成研究の指針とした助言を与えたことは、第七回で述べた通りです。その武見太郎も、有機ゲルマニウムの合成に成功した1975年には、既に日本医師会の会長だったのですが、有機ゲルマニウムの多様な効能を以下のように評したとされています。

「ゲルマニウムが薬として認められれば、既存の医薬品の 80%はいらなくなる」と。

また、武見会長は、自らのガンをGe− 132で治療し、銀座にあった診療所でも投与していたと言われています。

★ゲルマニウム研究会の発足

1979年には、浅井ゲルマニウム研究所の小松泰司氏は、それまで、個別に進められていた有機ゲルマニウムの基礎及び、臨床研究を、より、効率的にすべく、当時のガン研究の第一人者であった佐々木研究所の佐藤博博士に相談し、有機ゲルマニウムの研究に携わっていた全国の医師、研究者に呼びかけて、ゲルマニウム研究会をスタートさせました。
スタート当初のメンバーは、約 50人だったのが、170人を超える組織に発展していったようです。

佐藤博士は、東北大学医学部の同窓である石田名香雄博士(元東北大学学長・日本医学会副会長)とともに、ゲルマニウム研究会の中心メンバーとして活躍され、佐藤博士が基礎研究、石田博士が臨床研究において、それぞれ多くの研究成果を生み出しました。

◎参考文献
・千代田圭之著「難病と健康の分水嶺」
・紀野一義編「ゲルマニウム・光」
・石田名香雄・木村郁郎監修「有機ゲルマニウムの科学」

 
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